AIへの指示は「作り方」より「実現したいこと」を伝える
最近、AI-DLCを知り、AI主導の開発フローを調べながら実践しています。そこで一つ、はっきり気づいたことがあります。AIに作業を任せるとき、つい細かく指示しすぎて、サクッと終わるはずの仕事に余計な時間をかけていた、ということ。「どう作るか」を指示するより、「何を実現したいか」を伝えたほうが、ゴールまでずっと速い。何度もそう実感しました。
リンゴの画像で考える
生成AIに「リンゴの画像をください」と頼めば、一瞬で描いてくれます。
でも、自分が撮ったリンゴの写真とまったく同じ画像を、言葉の指示だけで再現させるのはほぼ不可能です。光の当たり方、影の落ち方、表面の小さな傷の位置まで――言葉で伝えきろうとしたら、いくら時間があっても足りません。
「リンゴの画像」を手に入れるのは一瞬。なのに「この写真の、このリンゴ」と細部まで決まったものを再現させるのは、途端に難しくなる。
ここにAIの特性が出ていると思います。「こういうものが欲しい」という要求には滅法強い。でも「これと寸分違わぬものを作れ」という再現指示には、めっぽう弱いんです。
私がバイブコーディングで学んだこと
最初は、自分の思い通りのコードを書かせようとしていました。これがとにかく時間を食う。細部につい目が行って、「ここを直して」「そこはこう」と指示を繰り返してしまうんです。
転機は、AI-DLC流にユーザーストーリーやユースケースで要求を伝えるようにしたこと。AI-DLCは、AIが主導で手を動かし、その結果を人間がレビューする形で進みます。そこで私も、要求は「ストーリー」の形で渡し、実装は原則AIに丸ごと任せてみました。
「ユーザーが記事を検索できる」と伝えれば、その振る舞いを満たすコードが返ってくる。動作確認で見るのは「やりたいことが実現できているか」だけ。コードがどう書かれているかは、不思議と気にならなくなりました。見るべきは結果であって、過程じゃない――そうマインドが切り替わっていったんです。
細部へのこだわりを手放したら、開発がスムーズに進むようになりました。
コードだけの話じゃない
「細部に踏み込みすぎない」という構え。これはコーディングに限らず、AI時代の仕事全般に通じる気がしています。
「この通りに作って」と細かく指示すれば、AIはその通りに動く。でも、期待した結果にたどり着くのは案外大変です。それより「これを実現したい」「これを満たしたい」と伝えるほうが、結局は速い。
プロダクト開発でも構図は同じ。プロダクトオーナーが「こういうシステムを作って」と仕様や実装まで細かく指定すると、開発者は「言われた通り作りました」で返してくる。ところが動かしてみると「ここ、もっとこうしたいね」。仕様漏れや手戻りが噴き出します。仕様を細かく決めて「この通り作れ」とバケツリレーする体制では、開発者は価値を届けることより、タスクを消化することに追われてしまうんです。
逆に、「こういう価値を届けたい」と要求だけを伝え、Howは開発チームに委ねている組織は、プロダクト開発がうまく回っている印象があります。AI活用でも同じ。Howを人に任せられるチームは、そのままHowをAIにも任せられるはずです。
要求を伝えると、AIが動いて形にし、「これでどうですか」と差し出してくる。途中で迷えばAIのほうから質問してくる。人間が見るのは、要求を満たしているかどうか、その一点だけ。やり方は――正直、何でもいい。そんな感覚になります。
ただ、これはエンジニアにとって簡単なことではありません。
エンジニアにとっての難しさ
私たちは、細部にこだわることを仕事にしてきました。コードの書き方、設計の美しさ、一貫性。完璧を求めるのが染みついている人が多い。だからAIの成果物を見て「ここはこう書きたい」と疼く気持ちは、そう簡単には消えません。
でも、全てのコードを一言一句レビューするのは、もう現実的じゃない。評価の軸を「要求を満たしているか」に絞り、品質はテストで担保する。狙った振る舞いをきちんと満たせているか――そこを守るテストこそが要になる。そういう割り切りが要ります。
もちろん、完璧さがどうでもいいわけじゃない。AIが作ったからといって、セキュリティを素通りはできません。品質には、AIに作らせた人間の説明責任が残ります。組織としても、どう品質を管理し、AIの自動コーディングをどう評価するか――そこは決めておかないといけない。
そのうえで、「ユーザーにとって何が良いか」へのこだわりだけは手放したくない。これを失うと、AIが吐き出す画一的な成果物が並ぶだけの世界になってしまう。自分の中に完璧の基準を持つことと、それをAIに100%再現させようとすることは、別の話なんです。
まとめ
業務をAI化するときには、指示のやり方を変える必要があります。
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「これをして、あれをして」と作業を指示する → 細部に縛られ、時間がかかる
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「これができる」という期待を伝える → 要求を満たすものが、すぐ出てくる
要求を伝え、満たされているかを確かめる。やり方はAIに委ねる。完璧を求めるこのマインドを少しずつ手放さないと、置いていかれる――そんな感覚があります。自分の中の完璧さは持ちつつ、それをAIに100%再現させることには時間をかけすぎない。いま、そのバランスを手探りしています。
最後に白状すると、このブログ、実はかなり手直ししています。本当は一発で書いたものをそのまま出したいんですけどね。
AIが書いた文章って、妙に分かりやすい。でも「AIが書いたな」と気づかれた瞬間、読む気が失せてしまう気がするんです。無味乾燥な成果物はAIに任せていい。けれど、デザインや文章みたいに人が直接触れるものは、人間が書いたり手を入れたほうが、やっぱり読みやすいんじゃないか。……まあ、この感覚自体がもう古いのかもしれません。いやはや、悩ましい。